長崎
先日、2泊3日で長崎県を旅した。
30年ほど前に一度訪れた街だが、全く記憶が欠如していた。
盛りだくさんにグツグツと息づく街、長崎。
とうの昔、国を閉ざした時に東京ドームの数分の一のエリアだけには
外国人が上陸し外商が行われていた。とても興味深い。
その後、開国後は一斉に勇んでやって来たであろう外国人ビジネスマンの
残した住まいは古きよき西洋文化を見せてくれている。
山の中腹には百もあろうか石の十字架があの頃のまま海を見つめている。
キリシタンの弾圧を感じざるおえない。
原爆。
彼らのお陰で街が死んでない、活き活きしているから。
切り込んだ山の斜面に住宅が立ち並ぶ。そんな風景が夜には美景を創り出す。
美しい街、長崎。
助けるということ
今朝、ある方のコラムを読んだ。
彼は中東で国連職員の妻を出産時に亡くされた。
それから生まれたての息子さんと二人の生活が突然始まったが、
本当に役立ったのは日本人ではなく外国人の友達のヘルプだったという。
彼が海外生活が長く、オープンな性格ということを語っておき、
とにかく育児を助けてくれる人が欲しかったので、フェイスブックで人を募った。
日本人は血のつながりでは異様に結びつきが強いが、
友達となると男と女という関係性や他人の家に上がりこむ
ということにとてもナーバスな部分があると思う。
こうゆう時の教育を受けてないので、どう接すべきか自信がないというもあると思う。
しかし、助けを求めている人を目の前にした時には、
冠婚葬祭に律儀に出席することが美しいのではない。
彼の妻の葬儀に出席するよりも、家に泊まり込み育児を
手伝ってくれた人がいたそうだ。
その人は「葬儀に出てもあなたと話す時間もないだろう、だから来た」と。
福島原発
著名人の議論を聞けば聞くほど、311の廃炉処理や
今ある原発の安全対策に対し悲観的な気持ちになった。
いつのまにか原発推進派が牛耳っていく中枢。
日本にもあるべき危機管理を統括する組織があれから6年も経つのに未だにない。
だからか避難計画は自治体まかせだそう。
伊方原発では住民が原発に向かって避難をするしかないという頭悪さ加減。
311以前、ドライブ中に福島原発に舞い込んだことがあった。
田舎の山里に突然皇居でも現れたかと思われるほど、完璧に整備された丘の公園があった。
駐車場はゴミひとつ落ちていない、植え込みはさっきカットを終えたかのように揃っている。
ツツジだったか両脇に植えられた小道を頂上まで上がると、海と原発が見えた。
その開けた自然には感動したが、原発に関してはなんとも心が感じなかった。
ただ思ったのは原発事業は儲かっているんだなということ。
悲しい顔
これは忘れないうちに書いておかなくちゃと思った出来事である。
先日、教え子から「なんで悲しそうな顔してるん?」って聞かれ、
子供の率直な発言にハッとさせられた。
そうなんだ私は悲しそうな顔をしてたんだ。
夫からは困るとすぐに眉間にシワが寄ると言われている。
実際、私の眉間のシワは顔の中で一番深く刻まれている。
生きていくのに肩に力が入り過ぎ。
もっとリラックスリラックス。
Take it easy!
La La Land
ハリウッドのお膝元ロサンゼルスが舞台のミュージカル。
ショービジネスで成功を夢見る若者ふたりのラブロマンス。
とても軽やかにシンプルに、でも少し観る者を錯覚させながら
夢見ごごちな気分になっていった。
とても爽やかな映画だった。
ちょっと切なく、でも勇気や希望そして笑顔をくれる後味だった。
田舎に暮らすこと
逃げ場のない社会。
選択肢のない世界。
刑務所にいるかのような錯覚を覚えるほどの閉ざされた精神状態だった。
辛い気持ちを癒すために、華やかな美しい最先端の場が必要だった。
公私の区別がないということは、休まる時がなかった。
私には無理。
仕事
就活の面接にまた行く。
去年の夏頃から就活を断続的にしているが、何度も落とされている。
落ちるのには慣れているが、やはりしばし落ち込む。
引っ越してはこの繰り返しで、投げやりにもなりたくなる。
身の上を誰かのせいにしたくなる。
人を妬ましく、自分を惨めに思いたくもなる。
まぁ、自分には合っていなかったと、
受かっていたとしてもその先の行く末は神のみぞ知るだし、
などと思ってもみる。
理想
叶えられないのが暗黙の了解でも理想は理想、いつまでも掲げて欲しかった。
アメリカという国には。
私の憧れているアメリカはいつも自由や多様性を理念として掲げていた。
とても悲しい。
アメリカという国がどこに向かうのか?
とても心配だ。