奇跡みたい

 

愛犬のアトピーの状態が、犬生12年において一番良い。

12年間苦労したのが、完治したのではと思うほどに良い。

 

1歳の時に発症してから、毎日痒みとの戦い。

色々な部位が傷だらけ、皮がズル剥け、血が滲む事も。

 

餌を取っ替え引っ替え、体の手入れを毎日し、家の掃除をし、

サプリやシャンプーもいろいろ試し。もちろん薬もずっと飲み続け。

 

ここ数年は耳を掻きすぎで穴が塞がってしまった。

耳を掻いてできたデキモノを悪性腫瘍だと誤診され、悲しみにくれたこともあった。

 

その後、病院を変え、何人もの先生に診てもらったところ、

ある獣医から処方された点耳薬が劇的に聞いた。

耳が快適だと全身のかゆみも緩和されたようで、全く掻かない日もあるほど。

 

嘘のような日々がやって来た。

 

正直諦めていた。現状維持でしょうがないと思っていた。

しかし、本当に奇跡のようなことが起きる。

 

生きていると行動してると、幸せが突然降ってくることがあるんだ。

 

一番のライブ

 

思い出した話だが、残しておきたい。

 

人生50年以上の中、私の一番ライブは2014年に見た竹内まりあさんのステージ。

 

そんなに多くのコンサートを見たわけでもなく、音楽マニアでもないのだが、

心に響く思い出のライブになった。

 

彼女も音楽のプロだが、結婚後は3回しかライブツアーをしていないし、

主婦の仕事を主にしていた時期もある。

 

そんな彼女が、すらっとした長身にパンツスーツでギターを抱えて現れたときは

その洗練された格好良さに目が潤んでしまった。

 

久しぶりのライブで歌い出しに失敗してしまった時には、

隠さずもう一度と最初からやり直してくれた。

 

声が枯れるほど一緒に歌い、

達郎さんとのデュエットの英語曲は甘く美しすぎて、体が溶けそうだった。

 

素晴らしい人生の瞬間だった。

 

寂しい想い

 

同僚が昨日で職場を離れた。上司とのいざこざが理由である。

二人の間に流れた空気や実際のやりとりは計り知れないので、

その理由についてに関しては彼女、上司ともにかける言葉はない。

 

ただ、私とその同僚との関係に感謝を述べた。

職場に貢献してくれた彼女の仕事に感謝した。

 

しかし、上司が彼女にかけた言葉は全くなかった。

それはとても恥ずべき行為ではないか?

 

私の知らぬところで労いの行為があったことを切に願う。

やる気

 

やる気の全くない子に教えることに疑問を感じている。

無理矢理に勉強を教えて何になるのだろうと思っている。

 

その時間を自由時間にしたらどうなるのだろうか?

そのほうがよっぽど彼らにとって幸せで有益になるのかもしれない?

お好きなように

 

夫から昨晩「お好きなように」と言われた。

どうも肯定的に捉えられないのは、私がひねくれているせいか?

 

OKを意味しているのだが、その日本語に隠されているニュアンスは

突き放した、呆れ果てたという含みがあるような。

 

どうなんだろう?

調べたらこんな意味があると出てきた。

 

 好き勝手に勝手に自分勝手に気ままに自由気ままにお好きに思うままに自由気儘に何不自由なく敵なしの状態でわがもの顔で我が物顔で自分の都合で自分自身の都合で自分の勝手で自分の勝手に気分次第で思うがままに風の吹くまま気の向くままに

 

やはり良い意味ないな。

時の流れ

 

書き残しておかねばならないと思っていた出来事が

日々の時の流れとともに薄れて行ってしまう。

 

その時に感じたビビットな感情がなくなって行ってしまう。

 

あんなにも素敵な笑顔を見れたのに。

それがどこから来るものなのかを探ってみたのに。

 

「私の両親は健常者だった、だから私の子供の耳が聞こえないとわかった時は

とても嬉しかった」という思いに心を寄せていた。

 

あの時。

 

人は備わるべき機能がない時、それ以外の機能を最大限に活用する。

だから耳が聞こえない人たちの表情や仕草は、伝えるために壮絶なほど

豊かで真がそこにある。

 

それに感動したあの時。

 

 

カメラを止めるな

 

 

制作費300万円の映画が日本中の話題をさらうのはとても愉快だ。

夢や希望を与えてくれる喜ばしいニュースで痛快だ。

 

構成が素晴らしく、役者のキャラも立っていた。

彼らが無名だということにも大拍手を送りたい。

 

こんな普通の娯楽映画がもっともっと見たい。

 

 

金農

 

日本中が大フィーバーした金石農業野球部。

私も応援していた。

 

準優勝にも関わらず、優勝校よりもマスコミに取り上げられ、

大騒ぎされることに対して苦言を呈されている方々もいるようだが、

国民が高校野球の原点に戻りたいと望んだ証ではないかと思う。

 

強豪校はプロ化し、選手の選抜から始まり練習時間、

施設やトレーニング環境にお金をかけ、

一般教育機関の域を超え始めているのではないかという警鐘なのではないか?

 

少なくとも練習のし過ぎで、投げ過ぎで、高校生にして野球人生を

終わらせてしまうことだけは避けて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃、本を読まない子だった。

母が見かねて私が3〜4年生の頃、私を学校の読書サークルに入れた。

 

私は本を読んでいるといつの間にか他の事の空想を始める子供だった。

だから本の内容は頭に入らなかった。

よーく覚えている。

 

その読書サークルでの一場面が鮮明に目に焼き付いている。

その日の課題図書は題名は忘れたが、とても夏らしい装丁で動物の名前が入っていた。

みんなが輪になって机を並べている。

内容をよく把握出来なくて参加している私は、とても気まずい思いだった。

自分の発言の番が回ってくるのを緊張して待っていた。

 

忘れられない光景。

 

今は本を読む。集中出来ない時もあるがそれでも読む。